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相続放棄の判例と先例

第1 相続放棄の判例・裁判例

●単純承認

 最判昭和42年4月27日民集第21巻3号741頁

         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人斎藤兼也の上告理由第一点について。
 所論は、要するに、民法九二一条一号本文により相続人が単純承認をしたものとみなされるがためには、相続財産の全部または一部の処分という客観的事実が存すれば足り、相続人が自己のために相続が開始したことを知つてその処分をしたことは必要でないというにある。
 しかしながら、民法九二一条一号本文が相続財産の処分行為があつた事実をもつて当然に相続の単純承認があつたものとみなしている主たる理由は、本来、かかる行為は相続人が単純承認をしない限りしてはならないところであるから、これにより黙示の単純承認があるものと推認しうるのみならず、第三者から見ても単純承認があつたと信ずるのが当然であると認められることにある(大正九年一二月一七日大審院判決、民録二六輯二〇三四頁参照)。したがつて、たとえ相続人が相続財産を処分したとしても、いまだ相続開始の事実を知らなかつたときは、相続人に単純承認の意思があつたものと認めるに由ないから、右の規定により単純承認を擬制することは許されないわけであつて、この規定が適用されるためには、相続人が自己のために相続が開始した事実を知りながら相続財産を処分したか、または、少なくとも相続人が被相続人の死亡した事実を確実に予想しながらあえてその処分をしたことを要するものと解しなければならない。
 本件につき原審の確定したところによれば、被上告人およびその家族は、訴外Dの死体が発見されて昭和三四年一二月七日に至つて初めてDが死亡したことを知つたものであり、しかも、それ以前に被上告人がDの死亡を確実に予想していたものとは認められないというのである。してみれば、後になつてDが昭和三四年七月三〇日頃の家出当夜自殺死亡していたことが確認されたからといつて、Dの相続人である被上告人が、Dの家出後その行方不明中に、Dの所有財産の一部である判示動産を処分したとしても、民法九二一条一号による単純承認擬制の効力を生じないとした原審の見解が正当であることは、前段の説示に照らして明らかである。したがつて、原判決に所論の違法はなく、これと異なる見解に立つて原判決を非難する論旨は採用することができない。同第二点について。原判決が、被上告人が判示の事情のもとに訴外Dの家出後それまでみずからも従事していた左官業を会社組織にするために有限会社E工作所を設立し、同会社をしてDの所有にかかる所論各物件を使用させたことは、被上告人が相続の開始を知つた以前の行為であるから、民法九二一条一号本文にいわゆる相続財産の処分に当たらないと判断していることは、その判示に照らして窺いえないものではなく、右の判断の正当なことは、上告論旨第一点につき説示したところによつて明らかであり、また、被上告人がDの死亡を知つた以後において同会社に所論各物件の使用を許容していたことは、民法九二一条一号但書所定の保存行為の範囲を超えるものでないとする原審の判断も、正当なものとして是認することができる。したがつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    大   隅   健 一 郎
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    岩   田       誠

事件番号  昭和40(オ)1348
事件名  貸金請求
裁判年月日  昭和42年4月27日
法廷名  最高裁判所第一小法廷
裁判種別  判決
結果  棄却
判例集等巻・号・頁  民集 第21巻3号741頁
原審裁判所名  東京高等裁判所
原審事件番号  昭和38(ネ)2727
原審裁判年月日  昭和40年9月16日
判示事項  民法第九二一条第一号本文による単純承認の効果が生ずるための要件
裁判要旨  民法第九二一条第一号本文による単純承認の効果が生ずるためには、相続人が自己のために相続の開始した事実を知りまたは確実視しなが相続財産を処分したことを要するものと解すべきである。
参照法条  民法921条

●相続財産の処分

最判昭和40年2月2日民集第19巻1号1頁

         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人日野魁の上告理由第一、二点について。
 所論は、原判決の法令違反を主張するけれども、原判決が、本件養老保険契約において、当事者が保険金受取人を相続人と定めたことにつき、右相続人とは保険金請求権発生当時の相続人を指定したものであつて、本件包括受遺者たる控訴人(上告人)を指定する趣旨ではない旨認定したことを非難するに帰するものである。そして原判決の右判示は、その挙示する事実関係、証拠関係からこれを肯認し得るところであつて、原判決に所論の違法は存せず、所論は、ひつきよう、原審の認定にそわない事実を主張して、原審の適法にした証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、または判決に影響を及ぼさない事項について原判決を非難するに帰し、すべて採るを得ない。
 同第三点について。
 所論は、養老保険契約において保険金受取人を保険期間満了の場合は被保険者、被保険者死亡の場合は相続人と指定したときは、保険契約者は被保険者死亡の場合保険金請求権を遺産として相続の対象とする旨の意思表示をなしたものであり、商法六七五条一項但書の「別段ノ意思ヲ表示シタ」場合にあたると解すべきであり、原判決引用の昭和一三年一二月一四日の大審院判例の見解は改められるべきものであつて、原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背があると主張するものであるけれども、本件養老保険契約において保険金受取人を単に「被保険者またはその死亡の場合はその相続人」と約定し、被保険者死亡の場合の受取人を特定人の氏名を挙げることなく抽象的に指定している場合でも、保険契約者の意思を合理的に推測して、保険事故発生の時において被指定者を特定し得る以上、右の如き指定も有効であり、特段の事情のないかぎり、右指定は、被保険者死亡の時における、すなわち保険金請求権発生当時の相続人たるべき者個人を受取人として特に指定したいわゆる他人のための保険契約と解するのが相当であつて、前記大審院判例の見解は、いまなお、改める要を見ない。そして右の如く保険金受取人としてその請求権発生当時の相続人たるべき個人を特に指定した場合には、右請求権は、保険契約の効力発生と同時に右相続人の固有財産となり、被保険者(兼保険契約者)の遺産より離脱しているものといわねばならない。然らば、他に特段の事情の認められない本件において、右と同様の見解の下に、本件保険金請求権が右相続人の固有財産に属し、その相続財産に属するものではない旨判示した原判決の判断は、正当としてこれを肯認し得る。原判決に所論の違法は存せず、所論は、ひつきよう、独自の見解に立つて原判決を非難するものであつて、採るを得ない。
 同第四点について。
 所論は、上告人が原審において口頭弁論期日の再開申請をなしたにもかかわらず、原審が右再開をしなかつたことを非難するものであるけれども、終結した口頭弁論期日を再関するか否かは、原審の裁量に属することであるから、原審の右措置に何らの違法は存せず、論旨は、採るを得ない。
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    横   田   正   俊
            裁判官    石   坂   修   一
            裁判官    五 鬼 上   堅   磐
            裁判官    柏   原   語   六
            裁判官    田   中   二   郎

事件番号  昭和36(オ)1028
事件名  保険金請求
裁判年月日  昭和40年2月2日
法廷名  最高裁判所第三小法廷
裁判種別  判決
結果  棄却
判例集等巻・号・頁  民集 第19巻1号1頁
原審裁判所名  東京高等裁判所
原審事件番号  
原審裁判年月日  昭和36年6月28日
判示事項  一 保険金受取人を「被保険者死亡の場合はその相続人」と指定したときの養老保険契約の性質。
二 前項の場合における保険金請求権の帰属。
裁判要旨  一 養老保険契約において被保険者死亡の場合の保険金受取人が単に「被保険者死亡の場合はその相続人」と指定されたときは、特段の事情のないかぎり、右契約は、被保険者死亡の時における相続人たるべき者を受取人として特に指定したいわゆる「他人のための保険契約」と解するのが相当である。
二 前項の場合には、当該保険金請求権は、保険契約の効力発生と同時に、右相続人たるべき者の固有財産となり、被保険者の遺産より離脱しているものと解すべきである。
参照法条  商法675条,民法896条

最判昭和37年6月21日集民第61号305頁

         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人弁護士村沢義二郎の上告理由第一点について。
上告人の妻Dはその存命中自己の名義で独立して呉服類の行商をなし、判示のとおりの売掛代金債権を有していたが、自己の借財が被上告人に覚知されるや、昭和三二年七月下旬頃から家出し、同年八月二二日自殺したこと、上告人は右Dの死亡による相続が開始されるや同年一〇月三一日金沢家庭裁判所に相続放棄の申述をなし、同年一一月八日それが受理されたこと(この申述及び受理の点は争がない)、然るに上告人は右相続開始後であり且つ右相続放棄の申述及びこれが受理前である同年八月三〇日頃右売掛代金中のEに対する金三〇〇〇円の分を取立てて、収受領得したことは原判決挙示の証拠によつて認定されたもろもろの事情及びこれに追加して挙示されている証拠に徴し優に首肯でき、その認定の経路に所論違法のかどあるを発見できない。所論はるる論述するが、ひつきようするに、右認定事実と相容れない事実を主張しながら、原審がその裁量の範囲内で適法になした事実認定を非難するものでしかない。そして上告人が右のように妻Dの有していた債権を取立てて、これを収受領得する行為は民法九二一条一号本文にいわゆる相続財産の一部を処分した場合に該当するものと解するを相当とするから、上告人が判示爾余の債権を如何ように処置したか否かの点を審究するまでもなく、上告人は右処分行為により右法条に基づき相続の単純承認をなしたものとみなされたものと解すべきである。
従つて、結論において同趣旨に帰した原判決の判断は正当といわなければならない。
 同第二点四について。
 しかし上告人において前示処分について悪意のあつたことは前示認定事実から容易に窺い得べく、原判決もこれと同様の判断をしたものであることは原判文上明らかであるから、所論は採用できない。
 同第二点一ないし三及び五について。
 前示所論第一点について述べたとおりの理由で原判決が正当である以上、所論の点はすべて原判決の主文に影響のない所見であり、従つて、所論はすべて判決に影響ある重大な法令違反を主張するものとは認められない。それ故、所論も採用できない。
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    下 飯 坂   潤   夫
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    高   木   常   七
            裁判官    斎   藤   朔   郎

事件番号  昭和36(オ)1029
事件名  貸金請求
裁判年月日  昭和37年6月21日
法廷名  最高裁判所第一小法廷
裁判種別  判決
結果  棄却
判例集等巻・号・頁  集民 第61号305頁
原審裁判所名  名古屋高等裁判所  金沢支部
原審事件番号  
原審裁判年月日  昭和36年6月21日
判示事項  相続人が相続開始後相続放棄前に相続債権の取立をしてこれを収受領得した場合と単純承認の成否。
裁判要旨  相続人が相続開始後、相続放棄前に相続債権の取立をして、これを収受領得した場合には、民法第九二一条第一号にいわゆる相続財産の一部を処分した場合に該当し、相続の単純承認をしたものとみなされる。
参照法条  民法921条1号

最判平成6年7月18日民集第48巻5号1233頁

         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人大西英敏の上告理由について
保険契約において、保険契約者が死亡保険金の受取人を被保険者の「相続人」と指定した場合は、特段の事情のない限り、右指定には、相続人が保険金を受け取るべき権利の割合を相続分の割合によるとする旨の指定も含まれているものと解するのが相当である。けだし、保険金受取人を単に「相続人」と指定する趣旨は、保険事故発生時までに被保険者の相続人となるべき者に変動が生ずる場合にも、保険金受取人の変更手続をすることなく、保険事故発生時において相続人である者を保険金受取人と定めることにあるとともに、右指定には相続人に対してその相続分の割合により保険金を取得させる趣旨も含まれているものと解するのが、保険契約者の通常の意思に合致し、かつ、合理的であると考えられるからである。したがって、保険契約者が死亡保険金の受取人を被保険者の「相続人」と指定した場合に、数人の相続人がいるときは、特段の事情のない限り、民法四二七条にいう「別段ノ意思表示」である相続分の割合によって権利を有するという指定があったものと解すべきであるから、各保険金受取人の有する権利の割合は、相続分の割合になるものというべきである。
 これを本件についてみると、原審の確定した事実は、次のとおりである。(1) 上告人の妻であるDは昭和六一年七月一日被上告人との間で、被保険者をD、事故による死亡保険金を一〇〇〇万円、保険期間を五年とするなどの内容の積立女性保険契約(以下「本件契約」という。)を締結したところ、Dは昭和六三年九月二八日事故により死亡した。(2) 本件契約の申込書の死亡保険金受取人欄に受取人の記入はされていなかったが、同欄には「相続人となる場合は記入不要です」との注記がされており、また、本件契約の保険証券の死亡保険金受取人欄には、「法定相続人」と記載されている。(3) Dの相続人は配偶者である上告人及び兄弟姉妹(代襲相続人を含む。)の一〇名であり、上告人の法定相続分は四分の三である。
 右事実関係によれば、本件契約の申込書の死亡保険金受取人欄に受取人の記載はされていなかったが、同欄には前記のような注記がされていたのであるから、Dは右注記に従って保険金受取人の記載を省略したものと推認するのが経験則上合理的であり、したがって、Dは本件契約に基づく死亡保険金の受取人を「相続人」と指定したものというべきである。そうすると、前に説示したところによれば、上告人は、本件契約に基づく死亡保険金につき、その法定相続分である四分の三の割合による権利を有することとなる。
 原審は、本件契約の申込書の死亡保険金受取人欄に受取人の記載がないことから、本件契約においては保険金受取人の指定がなかったものとし、仮に右の指定があったと推認されるとしても、保険金の帰属割合についてまでの指定はなかったとし、本件においては、本件契約に適用される保険約款の定めによってDの法定相続人が死亡保険金の受取人となり、その割合は民法四二七条により平等の割合になるものと判断したが、右認定判断には、経験則違背ないし保険契約者の意思解釈を誤った違法があるというべきであって、右違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、被上告人の抗弁の当否につき更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。
 よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    中   島   敏 次 郎
            裁判官    木   崎   良   平
            裁判官    大   西   勝   也
            裁判官    根   岸   重   治

事件番号  平成3(オ)1993
事件名  保険金
裁判年月日  平成6年7月18日
法廷名  最高裁判所第二小法廷
裁判種別  判決
結果  破棄差戻
判例集等巻・号・頁  民集 第48巻5号1233頁
原審裁判所名  東京高等裁判所
原審事件番号  平成2(ネ)3776
原審裁判年月日  平成3年9月19日
判示事項  保険契約者が死亡保険金の受取人を被保険者の「相続人」と指定した場合において相続人が保険金を受け取るべき権利の割合
裁判要旨  保険契約において保険契約者が死亡保険金の受取人を被保険者の「相続人」と指定した場合は、特段の事情のない限り、右指定には相続人が保険金を受け取るべき権利の割合を相続分の割合によるとする旨の指定も含まれ、各保険金受取人の有する権利の割合は相続分の割合になる。
参照法条  商法675条,民法427条

最判平成14年11月5日民集第56巻8号2069頁

         主    文
       本件上告を棄却する。
      上告費用は上告人らの負担とする。
         理    由
 上告代理人尾倉洋文の上告受理申立て理由について
 【要旨】自己を被保険者とする生命保険契約の契約者が死亡保険金の受取人を変更する行為は,民法1031条に規定する遺贈又は贈与に当たるものではなく,これに準ずるものということもできないと解するのが相当である。けだし,死亡保険金請求権は,指定された保険金受取人が自己の固有の権利として取得するのであって,保険契約者又は被保険者から承継取得するものではなく,これらの者の相続財産を構成するものではないというべきであり(最高裁昭和36年(オ)第1028号同40年2月2日第三小法廷判決・民集19巻1号1頁参照),また,死亡保険金請求権は,被保険者の死亡時に初めて発生するものであり,保険契約者の払い込んだ保険料と等価の関係に立つものではなく,被保険者の稼働能力に代わる給付でもないのであって,死亡保険金請求権が実質的に保険契約者又は被保険者の財産に属していたものとみることもできないからである。
 これと同旨の見解に基づき,上告人らの予備的請求を棄却すべきものとした原審の判断は,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横尾和子 裁判官 藤井正雄 裁判官 町田 顯 裁判官 深澤武久 裁判官 甲斐中辰夫)

事件番号  平成11(受)1136
事件名  死亡保険金支払請求権確認請求事件
裁判年月日  平成14年11月5日
法廷名  最高裁判所第一小法廷
裁判種別  判決
結果  棄却
判例集等巻・号・頁  民集 第56巻8号2069頁
原審裁判所名  福岡高等裁判所
原審事件番号  平成11(ネ)183
原審裁判年月日  平成11年6月30日
判示事項  自己を被保険者とする生命保険契約の契約者が死亡保険金の受取人を変更する行為と民法1031条に規定する遺贈又は贈与
裁判要旨  自己を被保険者とする生命保険契約の契約者が死亡保険金の受取人を変更する行為は,民法1031条に規定する遺贈又は贈与に当たるものではなく,これに準ずるものということもできない。
参照法条  民法1031条,商法675条1項

●熟慮期間

最判昭和59年4月27日民集第38巻6号698頁

         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人川崎敏夫の上告理由について
民法九一五条一項本文が相続人に対し単純承認若しくは限定承認又は放棄をするについて三か月の期間(以下「熟慮期間」という。)を許与しているのは、相続人が、相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となつた事実を知つた場合には、通常、右各事実を知つた時から三か月以内に、調査すること等によつて、相続すべき積極及び消極の財産(以下「相続財産」という。)の有無、その状況等を認識し又は認識することができ、したがつて単純承認若しくは限定承認又は放棄のいずれかを選択すべき前提条件が具備されるとの考えに基づいているのであるから、熟慮期間は、原則として、相続人が前記の各事実を知つた時から起算すべきものであるが、相続人が、右各事実を知つた場合であつても、右各事実を知つた時から三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかつたのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があつて、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、相続人が前記の各事実を知つた時から熟慮期間を起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である。
 これを本件についてみるに、原審が適法に確定した事実及び本件記録上明らかな事実は、次のとおりである。
 1 第一審被告亡D(以下「亡D」という。)は、昭和五二年七月二五日、上告人との間で、Eの上告人に対する一〇〇〇万円の準消費貸借契約上の債務につき、本件連帯保証契約を締結した。
 2 本件の第一審裁判所は、昭和五五年二月二二日、上告人が亡Dに対して本件連帯保証債務の履行を求める本訴請求を全部認容する旨の判決を言い渡したが、亡Dが右判決正本の送達前の同年三月五日に死亡したため、本件訴訟手続は中断した。
そこで、上告代理人が同年七月二八日に受継の申立をしたが、第一審裁判所は、昭和五六年二月九日亡Dの相続人である被上告人らにつき本件訴訟手続の受継決定をしたうえ、被上告人B1に対して同年二月一二日に、被上告人B2に対して同月一三日に、被上告人B3に対して同年三月二日に、それぞれ右受継申立書及び受継決定正本とともに第一審判決正本を送達した。もつとも、被上告人B3は、同年二月一四日に被上告人B2から右送達の事実を知らされていた。
 3 ところで、亡Dの一家は、同人が定職に就かずにギヤンブルに熱中し家庭内のいさかいが絶えなかつたため、昭和四一年春に被上告人B1が家出し、昭和四二年秋には亡Dの妻が被上告人B2、同B3を連れて家出して、以後は被上告人らと亡Dとの間に親子間の交渉が全く途絶え、約一〇年間も経過したのちに本件連帯保証契約が締結された。その後、亡Dは、生活保護を受けながら独身で生活していたが、本件訴訟が第一審に係属中の昭和五四年夏、医療扶助を受けて病院に入院し、昭和五五年三月五日病院で死亡した。被上告人B1は、同人の死に立ち会い、また、被上告人B2、同B3も右同日あるいはその翌日に亡Dの死亡を知らされた。しかし、被上告人B1は、民生委員から亡Dの入院を知らされ、三回ほど亡Dを見舞つたが、その際、同人からその資産や負債について説明を受けたことがなく、本件訴訟が係属していることも知らされないでいた。当時、亡Dには相続すべき積極財産が全くなく、亡Dの葬儀も行われず、遺骨は寺に預けられた事情にあり、被上告人らは、亡Dが本件連帯保証債務を負担していることを知らなかつたため、相続に関しなんらかの手続をとる必要があることなど全く念頭になかつた。ところが、被上告人らは、その後約一年を経過したのちに、前記のとおり、第一審判決正本の送達を受けて初めて本件連帯保証債務の存在を知つた。
 4 そこで、被上告人らは、第一審判決に対して控訴の申立をする一方、昭和五六年二月二六日大阪家庭裁判所に相続放棄の申述をし、同年四月一七日同裁判所はこれを受理した。
 右事実関係のもとにおいては、被上告人らは、亡Dの死亡の事実及びこれにより自己が相続人となつた事実を知つた当時、亡Dの相続財産が全く存在しないと信じ、そのために右各事実を知つた時から起算して三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかつたものであり、しかも被上告人らが本件第一審判決正本の送達を受けて本件連帯保証債務の存在を知るまでの間、これを認識することが著しく困難であつて、相続財産が全く存在しないと信ずるについて相当な理由があると認められるから、民法九一五条一項本文の熟慮期間は、被上告人らが本件連帯保証債務の存在を認識した昭和五六年二月一二日ないし同月一四日から起算されるものと解すべきであり、したがつて、被上告人らが同月二六日にした本件相続放棄の申述は熟慮期間内に適法にされたものであつて、これに基づく申述受理もまた適法なものというべきである。それゆえ、被上告人らは、本件連帯保証債務を承継していないことに帰するから、上告人の本訴請求は理由がないといわなければならない。そうすると、原審が、民法九一五条一項の規定に基づき自己のために相続の開始があつたことを知つたというためには、相続すべき積極又は消極財産の全部あるいは一部の存在を認識することを要すると判断した点には、法令の解釈を誤つた違法があるものというべきであるが、被上告人らの本件相続放棄の申述が熟慮期間内に適法にされたものであるとして上告人の本訴請求を棄却したのは、結論において正当であり、論旨は、結局、原判決の結論に影響を及ぼさない部分を論難するものであつて、採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官宮崎梧一の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 裁判官宮崎梧一の反対意見は、次のとおりである。
 私は、上告理由につき多数意見と見解を異にし、論旨を採用して原判決を破棄し、上告人の本訴請求を認容すべきものと考える。その理由は、次のとおりである。
 民法九一五条一項所定の「自己のために相続の開始があつたことを知つた時」とは、相続人が相続の原因事実及びこれにより自己が法律上相続人となつた事実を覚知した時をいうものと解するのが相当であり(大審院大正一五年(ク)第七二一号同年八月三日第二民事部決定・民集五巻一〇号六七九頁参照)、相続人において相続財産を認識したかどうかは、熟慮期間の起算点に影響を及ぼさないというべきである。原判決は、熟慮期間につき、相続人が、前記各事実を覚知しただけでは足りず、相続財産の全部又は一部の存在をも認識した時から起算すべきであるとするが、法は、熟慮期間については、相続人が相続について単純若しくは限定の承認又は放棄のいずれを選択すべきかの決定をするため相続財産の有無・内容を調査すべきものとして(民法九一五条二項)ひとまず三か月の期間を定め、三か月の期間内に右の決定をすることについて困難な事情がある場合に備えて期間伸長の途を開き(同条一項但書)、かくして相続財産調査のために十分ゆとりある期間を用意した上、その期間内に調査を終えて前記の選択権を行使するよう要求していることが明らかであるから、相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時から右期間を起算すべきであると解する余地はない。多数意見は、相続人において相続財産が全く存在しないと誤信したために熟慮期間を徒過し、かつ、その誤信について相当な理由があると認められるときには、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきであるというのであるが、法はそのような例外を規定していないし、却つて、明治二三年法律第九八号のいわゆる旧民法中財産取得編三二四条一項四号が現行民法に継受されなかつた立法の経緯に徴すると、法は、意識的に右のような例外を認めないこととしたことが明らかであるから、右のような例外を認める多数意見は、法解釈の域から立法論に踏み込んだものといわなければならない。相続の承認及び放棄の制度は、直接的には、相続人の立場を重んじその保護を図るためのものというべきであるが、他面において、相続債権者等への配慮、すなわち相続における権利関係をなるべく早く確定させようとの狙いもあるのであつて、熟慮期間は、右の権利関係を確定させる基準となるものであるから、その起算点が多数意見のいうような相続人の相続財産についての認識及びその相当性というような事情に影響されると解するのは、著しく法的安定性を害するものであり、そのような事情について関知しない相続債権者等に対し不測の損害を与えるおそれがある。のみならず、今後、熟慮期間徒過後も例外的に限定承認又は放棄ができるとされる場合の右の相当性があるかどうかの点をめぐつて、相続人と相続債権者等の間における解釈の対立から無用の紛争を引き起こすおそれもある。また、多数意見は、相続人において相続財産が全く存在しないと誤信し、かつ、そのように誤信したことについて相当な理由があるときは、単純承認若しくは限定承認又は放棄のいずれかを選択すべき前提条件を欠くとするものと解されるのであるが(その文脈上、かように解せざるをえない。)、その趣旨が、そのような場合には右の選択をする期待可能性がないことを理由とするものであるとすれば、相続財産が全く存在しないと誤信した場合に限られないというべきであつて、相続財産の一部を認識しただけでその余は存在しないと誤信したため、あえて前記の選択権を行使しなかつた場合にも、選択すべき前提条件を欠くというべきであり、両者を区別すべき合理的理由はないと思われるが、かくては、結局、熟慮期間は具体的な相続財産の存在を認識した時から起算すべきであるということに帰し、前記のとおり、法の趣旨に反することになることが明らかである。民法は、単純承認を相続の原則的形態とみて、相続人が熟慮期間内に限定承認も放棄もしないときは、原則に従つて、単純承認をしたものとみなす旨規定しているが、同趣旨の規定は、明治三一年法律第九号のいわゆる明治民法の実施以来、強行法規たる国法として本件相続開始時までに実に八〇余年の長きにわたつて施行されてきたのである。しかも、昭和二二年にいわゆる新民法として改正されたのちの相続の規定は簡潔となり、その知識も相当普及するに至つたことは諸子均分相続制に対する国民の対応ぶりによつても知りうるところであるから、原判決のいうように、相続人が被相続人死亡当時積極・消極の遺産が全く存在していないと認識している場合には、通常一般人としてはおよそ遺産相続ということは起こりえないと考えるのが普通であつて、たとえ第一順位の相続人が被相続人死亡の事実を知つていたとしても、右のような場合にわざわざ相続の承認、放棄に関する手続をしないのが通常である、などと法の不遵守を弁護することは、相当でない。被相続人が積極・消極とも一切の遺産を有しないという場合は極めて稀有のことであるから、そのような例外の場合であると誤信している相続人に対し、限定承認又は放棄の手続をとるべきことを要求しても、著しく不合理であるとは到底考えられないのである。
 叙上の見地に立つて本件をみると、原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、被上告人らの本件相続放棄の申述は、熟慮期間の経過後にされたものであり、その効力を生ずるに由ないものであつて、上告人の本訴請求は理由があるというべきであるから、原審が、これと異なる見解のもとに、本件相続放棄の申述は熟慮期間内に適法にされた有効なものであるとして上告人の本訴請求を棄却したのは、法令の解釈適用を誤つた違法があり、右違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。したがつて、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れず、前記のとおり上告人の本訴請求を認容し、被上告人らの控訴を棄却すべきである。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    鹽   野   宜   慶
            裁判官    木   下   忠   良
            裁判官    宮   崎   梧   一
            裁判官    大   橋       進
            裁判官    牧       圭   次

事件番号  昭和57(オ)82
事件名  貸金等
裁判年月日  昭和59年4月27日
法廷名  最高裁判所第二小法廷
裁判種別  判決
結果  棄却
判例集等巻・号・頁  民集 第38巻6号698頁
原審裁判所名  大阪高等裁判所
原審事件番号  昭和56(ネ)341
原審裁判年月日  昭和56年10月22日
判示事項  民法九一五条一項所定の熟慮期間について相続人が相続財産の全部若しくは一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべかりし時から起算するのが相当であるとされる場合
裁判要旨  相続人において相続開始の原因となる事実及びこれにより自己が法律上相続人となつた事実を知つた時から三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかつたのが、相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、このように信ずるについて相当な理由がある場合には、民法九一五条一項所定の期間は、相続人が相続財産の全部若しくは一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべかりし時から起算するのが相当である。
参照法条  民法915条1項,民法921条2号

第2 相続放棄の先例

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