民法121条(取消しの効果),121条の2(原状回復の義務)
1 新旧対照表
旧<令和2年(2020年)3月31日まで>
(取消しの効果)
第百二十一条 取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。ただし、制限行為能力者は、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。
新<令和2年(2020年)4月1日から>
(取消しの効果)
第百二十一条 取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。
(原状回復の義務)
第百二十一条の二 無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。
2 前項の規定にかかわらず、無効な無償行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、給付を受けた当時その行為が無効であること(給付を受けた後に前条の規定により初めから無効であったものとみなされた行為にあっては、給付を受けた当時その行為が取り消すことができるものであること)を知らなかったときは、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。
3 第一項の規定にかかわらず、行為の時に意思能力を有しなかった者は、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。行為の時に制限行為能力者であった者についても、同様とする。
2 改正のポイント
②原状回復義務の例外①無償行為は現存利益。
③原状回復義務の例外②意思無能力か制限行為能力者は現存利益。
3 解説
(1)無効な法律行為の原状回復義務
法律行為が無効であった場合の効果については,現行法に明文規定はないものの,①当該法律行為による権利変動もまた無効であり,②当該法律行為に基づく債務のうちⓐ未履行部分についてはもはや履行の必要がなく(履行請求権が発生しない),ⓑ既履行部分については,給付受領者の利益および給付者の損失は「法律上の原因がない」ものであるから,不当利得返還請求権(民法703・704)が発生するとされている。もっとも,この不当利得返還請求権について,善意者は現存利益の返還のみで足りるという規定が適用されるかについては争いがあった。
改正法では,上記のうち,②ⓑの既履行部分についてのみ規定が置かれた(それ以外については規定がない。)。すなわち,無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は,相手方を原状に復させる義務を負う(民法121 の2Ⅰ)。ここにいう「無効」には,取消しによる遡及的無効も含まれる。また,原状回復義務には,現物返還義務はもちろんのこと,現物返還が不可能な場合の価額償還義務も含まれるとされる。
(2)原状回復義務の例外①無償行為
無効な法律行為の原状回復義務の例外の1つ目として,無効な無償行為に基づく給付の受領者が無効につき善意であった場合の返還義務を現存利益の限度に縮減(民法121 の2Ⅱ)がある。
これは,給付を受けた者は,当該財産が自分のものになったと考えて自由に処分することも考えられるところ,処分後に給付全体について原状回復義務を課したのでは,受領者がかえって不測の不利益を被ることがあるからである(売買のような有償行為の場合には,反対給付なしに利益を受けることは正当化できないと考えられた。)。
(3)原状回復義務の例外②意思無能力か制限行為能力者
無効な法律行為の原状回復義務の例外の2つ目として,表意者が行為時に意思無能力者または制限行為能力者であった場合の返還義務も現存利益の限度に縮減(民法121 の2Ⅲ)がある。これは,改正前民法121 条ただし書の規定を移したうえで,意思無能力者に関する規律を追加したものである。
(4)不当利得と不法原因給付は今後も適用するか
この規定(民法121条の2(原状回復の義務))の創設により,703・704 条は,法律行為の無効・取消しに基づく原状回復請求権については適用されない(このことから,改正法は,少なくともこの領域については,類型論を採ったと指摘する見解もある。)。もっとも,不当利得の節にある規定が全て適用されないということではなく,不法原因給付(民法708)の適用は想定されている。
(5)果実の返還義務は規定せず
中間試案では,果実の返還義務に関しても規定されていたが,契約の解除の場合と異なり,無効や取消しの原因には様々なものがあり,金銭や物の受領時からの利息や果実の返還を義務づけるのが必ずしも適当でない場合(強迫取消しの場合の表意者の原状回復義務)もあり得ることから,一律に上記の返還義務を課すのは相当でない旨の指摘により,明文化が見送られた(部会資料79-3・4頁)。
(6)価額賠償の算定基準は規定せず
価額の算定方法(基準時)をどうするかについては,今後も解釈に委ねられる。また,価額の上限については,中間試案においては,「善意の給付受領者の価額償還義務を反対給付の価値の額又は現存利益のいずれか高い方を上限とする」旨の規定が提案されていたが,価格償還義務自体を121 条の2第1項の解釈から導くことになること,このような規律が学理上確立したものといえるか疑問が残ること等から,立法化は見送られた(部会資料79-3・37 頁)。
(7)一部無効については規定せず
中間試案では規定が置かれていたが,法律行為の無効が一部にとどまるか全体に及ぶかは個別の法律行為に関する諸事情を総合的に勘案して決する必要があり,民法で一律に規定をすることが実態に適合するのか疑問である等の指摘により,明文化が見送られた(部会資料79-3・5頁)。
経過措置
施行日前に無効な行為に基づく債務の履行として給付がされた場合におけるその給付を受けた者の原状回復の義務については,なお従前の例による(附則8Ⅰ)。
(無効及び取消しに関する経過措置)
第八条 施行日前に無効な行為に基づく債務の履行として給付がされた場合におけるその給付を受けた者の原状回復の義務については、新法第百二十一条の二(新法第八百七十二条第二項において準用する場合を含む。)の規定にかかわらず、なお従前の例による。
2 施行日前に取り消すことができる行為がされた場合におけるその行為の追認(法定追認を含む。)については、新法第百二十二条、第百二十四条及び第百二十五条(これらの規定を新法第八百七十二条第二項において準用する場合を含む。)の規定にかかわらず、なお従前の例による。
関連判例
なし