目次【(要件事実)貸金返還請求権の発生時期等】
貸金返還請求権の発生時期等についての諸説
貸金返還請求権の発生時期等について以下の3つの説があり,貸借型契約についての要件事実等が書籍により異なった記載がされていることがある。それでは,どの説が認定考査でもっとも適切であろうか。
(1)判例説
判例説は,「判例は,消費貸借契約の成立により交付物の代替物の返還請求権が発生する」とする説である。この見解は,①消費貸借は,「a金銭の返還約束」と「b金銭の交付」が契約の成立要件であるので,その契約に基づく返還請求権も上記abの主張立証のみで足り,②返還時期の定めは,要件事実ではなく,③返還時期の定めがあることは,請求権の行使を阻止するものとして,阻止の抗弁になる,とすることが特徴である。
(2)司法研修所説
司法研修所説は,「消費貸借契約を,一定の価値を借主の使用に委ねることを本質とする継続的契約関係とし,期間の満了又は告知によって契約が終了したときに初めて貸金返還請求権が発生する」とする説である。下記(3)の貸借型理論が登場するまでは,司法研修所は,この説を採用しており,その後,賃貸借理論が批判にさらされるようになると,司法研修所がこの説を再び採用したという説。現在の司法研修所の説である。この見解は,上記判例説と同じように,契約の成立要件は,「a金銭の返還約束」と「b金銭の交付」で足りるが,その契約に基づく返還請求権については,その契約が終了したことにより請求ができることまでも主張立証しなくてはならない。具体的には,abに加え,返還時期の合意がある場合には,「c返還時期の合意」「d返還時期の到来」を,返還時期の合意がない場合には,「c催告」「d催告後相当期間の末日の到来」(民法591条)が必要である,とすることが特徴である。
(3)貸借型理論説
貸借型理論説は,「消費貸借,使用貸借,賃貸借のような契約(これらを総称して貸借型契約という)は,一定の価値を一定期間借主に利用させることに特色があり,契約の目的物を受け取るや直ちに返還すべき貸借はおよそ無意味であるから,返還時期の合意は,これらの契約の要素であり,これらの契約の成立を主張立証する際,その要素である返還時期の合意についても主張立証しなければならない」とする説である。かつて司法研修所が採用していた説である。この見解は,契約の成立要件は,①「a金銭の返還約束」「b金銭の交付」「c返還時期の合意」「d返還時期の到来」が必要であり,②返還時期の合意がない場合には,返還請求を受けた時を返還時期とする合意があると考える,とすることが特徴である。
(4)どの説で答案を作成するか
認定考査では,(2)と(3)の違い,それぞれの説に対する批判等の説明を求めるような問題は出題されないであろうことと,(2)と(3)は,考え方が異なるものの,要件事実の表現の仕方は似ているので,(2)の司法研修所説又は(3)の貸借型理論説で答案を作成するのが無難であろう。
ちなみに,「要件事実マニュアル」では,上記(1)乃至(3)の説を説明しており,具体的な立場を明らかにしていない。「要件事実の考え方と実務(第3版)」では,上記(1)乃至(3)の説を説明しつつ,(3)を採用している。「民事裁判実務の基礎(入門編)」では,上記(1)乃至(3)の説を説明しつつ,(2)を採用している。
(5)訴訟物はどのように記載するか
認定考査では,訴訟物が問われる。上記(1)乃至(3)のどの説に立っても,基本的には,「消費貸借契約に基づく貸金返還請求権」で説明されることが多いが,上記(2)については,「消費貸借契約の終了に基づく貸金返還請求権」とする説もある。問題は,司法研修所は,(2)の説を採用しつつ,訴訟物は「消費貸借契約に基づく貸金返還請求権」であると説明している点にある。論理的には,(2)の説を採用する場合,「消費貸借契約の終了に基づく貸金返還請求権」を訴訟物とすべきだと考えられる。その理由として,「消費貸借契約に基づく貸金返還請求権」との記載は,(1)及び(3)の説であれば,契約の成立と返還請求権の発生時期が一致しているので問題はないが,(2)の説では,契約の成立と返還請求権の発生時期は異なり,契約の終了と返還請求権の発生時期が一致しているので「消費貸借契約の終了に基づく貸金返還請求権」と記載した方が適切であると考えられるからである。
もっとも,司法研修所(及び大多数)は,「消費貸借契約に基づく貸金返還請求権」としているので,それに従うのが好ましいであろう。
なお,参考までに,賃貸借契約の事例の場合では,どの書籍においても,「賃貸借契約に基づく目的物返還請求権としての不動産明渡請求権」等とは記載せず,「賃貸借契約の終了に基づく目的物返還請求権としての不動産明渡請求権」と記載する。