【試験・実務】TAC上場廃止、AI時代の司法書士の持続可能性は?

資格のTACがMBO実施へ 非上場化でデジタル教材開発

[東京 6日 ロイター] - 資格試験の受験指導TAC(4319.T)は6日、MBO(経営陣が参加する買収)で株式上場を廃止すると発表した。創業家出身の常務が代表取締役を務める会社が1株350円で株式公開買い付け(TOB)を実施する。買い付け総額は約40億円。買い付け期間は7日から9月19日まで。
TACによると、少子高齢化で大学生ら資格取得を目指す受験者が減少。また、かつては専門性の高い試験を突破すれば高い社会的ステータスやキャリアパスが約束されていたものの、最近ではAI(人工知能)の普及で専門家業務の一部は自動化され、資格取得後の業務や将来性について「世間で懸念が広がりつつある」という。

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https://jp.reuters.com/business/INXB4NLFKNN5BB4B7J7JNF2OZ4-2025-08-06

TAC上場廃止の画像

近年の社会は、少子高齢化とそれに伴う人口動態の変化、そして生成AIに代表されるデジタル技術の急速な進展という、二つの大きな波にさらされています。これらの波は、かつて安定の代名詞とされた資格産業や士業の世界にも例外なく押し寄せ、多くの人々にとって将来のキャリアパスが不透明なものとなっています。特に「AIに仕事を奪われるのではないか」という漠然とした不安は、専門職を目指す人々や現役の専門家たちの間で広がりを見せています 。

このような激変の時代において、長年にわたり資格予備校業界を牽引してきた大手企業、株式会社TACが上場廃止を決めたことは、単なる一企業の経営判断を超え、業界全体の構造的な課題を象徴する出来事として捉えるべきです。この決断の背景を深く掘り下げ、AI技術が士業にもたらす真の影響を考察することは、未来の司法書士にとって、自身のキャリアの不変的な価値を再認識する上で極めて重要となります。

資格産業の市場動向:TAC上場廃止の分析

大手資格予備校の経営戦略とその限界

株式会社TACは、1980年の創業以来、公認会計士や税理士、公務員など多岐にわたる資格試験講座を提供し、業界を牽引してきました。長年にわたり蓄積された豊富なノウハウと販売ネットワーク、そして公認会計士論文式試験合格者の占有率が約70%に達するなど、圧倒的な合格実績を強みとしています 。しかし、決算書の分析からは、近年、この盤石に見えたビジネスモデルが構造的な課題に直面している現状が明らかになっています。

同社の主力事業である「個人教育事業」は、売上が伸び悩み、営業利益が赤字に転じるなど苦戦を強いられています。この赤字は「法人研修事業」や「人材事業」によって補填されているものの、これらの事業もまた伸び悩みの傾向が見られます。さらに、同社の平均年収は過去10年間で180万円も減少しており、事業を支える人材への投資が十分にできていない状況が指摘されています 。

資格市場を蝕む二つの波:少子化と実質教育費の減少

TACの経営不振は、同社固有の問題だけではなく、資格産業全体が直面するマクロな市場環境の変化に起因していると考えられます。日本の出生数は70万人を下回り、少子化が急加速しています。これにより、スクールや学習塾が対象とする人口は、わずか10年で約28%も減少するという予測も存在し、市場そのものが縮小していることが明らかです 。また、実質賃金の減少は中間層以下の教育に使える費用を減少させており、高単価な資格予備校の講座は、一部の高所得者層に限定されるリスクに直面しています 。

このような市場縮小に加え、オンライン教育の普及も、従来の予備校ビジネスに大きな変化をもたらしました。オンライン学習は、時間や場所の制約を受けずに、交通費や移動時間をかけることなく、トップクラスの講師の授業を低コストで受けられるメリットを提供します 。これにより、従来の「予備校に通う」というモデルは、利便性の面で抜本的な見直しを迫られています。

TAC上場廃止の真意と資格産業の変革

TACが上場廃止を決めた表向きの理由は、デジタル教材やAI活用といったITへの投資を、所有と経営を一体化させた上で迅速かつ積極的に実行するため、とされています 。しかし、この決断は、単なるIT投資の促進以上の意味を持っています。TACの主力事業の伸び悩みは、少子化や教育費の減少といったマクロトレンドが引き起こした市場縮小という根本的な課題が顕在化した結果です。従来の事業モデルの限界が露呈し、人への投資(年収)削減という事態に至った同社にとって、抜本的な事業構造改革は避けられない課題でした。

上場企業としての株主の期待や複雑な意思決定プロセスでは、このような大胆な改革を迅速に進めることが困難であったと考えられます。そのため、非公開化することで、大胆なデジタル化への投資と既存事業の再構築を迅速に実行する道を選んだと解釈できます。TACの上場廃止は、資格産業が外部環境(人口動態、経済状況)と内部環境(DXの遅れ)の複合的な要因によって、既存のビジネスモデルが限界に達したことの象徴です。AIやオンライン教育は「脅威」であると同時に、この状況を打開するための「唯一の解決策」として位置づけられています。

この分析は、士業の世界も同様の波に晒されていることを示唆しています。AIの台頭は、既存の定型業務を脅かす一方で、業務の効率化と生産性向上を実現する強力なツールとなる可能性を秘めています。

AI時代における士業の役割:テクノロジーとの共生

AIは士業の敵か、味方か?:AI活用事例の詳説

AI技術は、司法書士の仕事を完全に奪うのではなく、むしろ彼らの能力を拡張し、生産性を劇的に向上させる強力な「業務効率化ツール」となりつつあります

特に顕著なのは、定型的な書類作成やリサーチ業務の領域です。生成AIは、クライアントの要望や取引内容に基づき、雇用契約書や秘密保持契約書などの初期ドラフトを自動生成することができます 。これにより、司法書士は下書き作成に費やす時間を大幅に短縮し、法的精査や戦略策定といった、より専門性と付加価値の高い業務に集中することが可能となります 。また、膨大な判例や法令のデータベースから関連情報を効率的に検索し、要点を抽出・要約することで、従来は数日から数週間を要していた調査作業が数時間で完了するという事例も報告されています

さらに、AIはクライアント対応の改善にも寄与します。ウェブサイトにAIチャットボットを設置することで、必要書類や手続きの流れといった定型的な質問に24時間自動で対応することが可能になります 。これにより、事務所スタッフは、頻繁に寄せられる単純な問い合わせへの対応時間を削減し、複雑で個別性の高い案件のみに集中できる「人間とAIの分業」体制を確立できます

AIが代替できない司法書士の「人間的価値」

AIは知識をプログラムし、論理的な文書を作成することは得意ですが、依頼者の抱える複雑な背景や感情を理解し、「信頼関係」「倫理観」「共感」といった人間固有の価値を代替することはできません 。

司法書士の仕事は、単に法律を適用するだけでは解決できない複雑な問題解決を伴うことが少なくありません。例えば、遺産分割協議のように、利害関係者の調整や感情的な側面が絡む案件では、高いコミュニケーション能力と交渉力が不可欠となります 。AIは事実を整理することはできても、依頼者の不安に寄り添い、複数の選択肢の中から最適な解決策を提案するといった、高度なコンサルティング業務は困難です 。

司法書士は、不動産の売買、相続、成年後見といった、依頼者の人生に深く関わる重要な局面において、その権利や財産を守る「人々の権利を守るプロ」です 。この役割を全うするためには、対話を通じてニーズを正確に把握し、安心感を与え、依頼者との間に揺るぎない「信頼」を築くことが最も重要となります 。

また、AIが出力する情報には誤情報(ハルシネーション)が含まれるリスクがあり、最新の法令改正が反映されていない可能性もあります 。そのため、最終的な法的判断や責任は常に人間が負う必要があります 。機密情報の取り扱いに関する倫理的課題も、専門家が責任をもって対応すべき重要な領域です 。

このように、AIの能力を最大限に活用しつつ、その限界を理解し、補完する能力こそが、AI時代を生き抜く専門家にとって不可欠なスキルとなります。これは、従来の「書類作成代行者」から「AIを武器とする高付加価値型コンサルタント」へのパラダイムシフトを意味します。

AIが代替できる業務と代替できない業務の比較

この変革期において、AIと人間がそれぞれ強みを発揮する業務領域を明確に区別することは、キャリア戦略を立てる上で不可欠です。以下の表は、司法書士の業務をAIによる代替可能性に基づいて分類したものです。

業務カテゴリAIによる代替可能性人間が果たすべき役割
調査・リサーチAIが収集した情報の最終確認、複数の情報源の統合的分析、複雑な法的解釈
書類作成中〜高AIが生成したドラフトの法的精査、依頼者の個別事情に応じた条項の修正・調整
事務・管理AIが効率化したプロセスの監督、機密情報の適切な管理、DXツールの選定と導入
コンサルティング依頼者の真の課題抽出、感情的側面の理解、複数の法的選択肢の提案と交渉
本人確認・保証依頼者との対面による本人確認、法的取引における信頼性の担保、高い責任を伴う保証業務
コミュニケーション依頼者との信頼関係構築、難解な法律用語の平易な説明、複雑な案件の交渉・調整
倫理・責任ゼロ最終的な法的判断、業務上の責任、機密保持義務の遵守、社会貢献的活動

AI時代の司法書士の持続可能性は?

相続登記義務化のインパクト

AIが定型業務を効率化する一方で、司法書士の業務需要を飛躍的に高める強力な追い風が、法律改正によって生まれています。令和6年(2024年)4月1日より、不動産を相続で取得した相続人は、その取得を知った日から3年以内に相続登記をすることが法律上の義務となりました 。正当な理由なくこの義務を怠ると、10万円以下の過料が科される可能性があります 。

この法改正は、所有者不明土地問題の解消を目的としていますが、同時に、これまで放置されてきた膨大な量の不動産登記が、今後数年で一気に動き出すことを意味します 。これにより、司法書士は単なる手続き代行者としてだけでなく、複雑な相続関係の整理や遺産分割協議のサポートといった、より専門的な役割を担うことになり、需要が飛躍的に高まると考えられます 。

AIの普及と相続登記義務化は、一見無関係に見えますが、両者は司法書士の未来を形作る相補的な要因です。AIが書類作成や情報検索といった定型業務を効率化する分、司法書士は法改正によって生じる新たな、より複雑な案件に集中する時間を確保できます。これは、司法書士の仕事が「量」から「質」へと転換する明確な兆候です。従来の「書類作成代行」というビジネスモデルはDXで効率化・自動化され、その分、高度な専門知識と人間的スキルを要する「コンサルティング」や「問題解決」といった高付加価値業務にシフトすることが求められます。相続登記義務化は、このシフトを後押しする最大のドライバーとなるでしょう。

相続登記義務化が司法書士業務にもたらす変化

変化の要素旧法(義務化前)新法(令和6年4月1日施行)司法書士への影響と求められるスキル
登記の期限法律上の義務なし不動産取得を知った日から3年以内(遺産分割成立から3年以内も含む)多数の未登記案件が発生し、業務量が急増。手続きの迅速性と正確性がより重要になる。
罰則なし正当な理由がない場合は10万円以下の過料依頼者が過料を避けるため、早めの相談が増加。過料を回避するためのアドバイスや対応が求められる。
業務内容依頼者の求めに応じて登記を代行する「受動型」法務局からの通知や過料リスクに対応する「能動型」相続登記に加え、複雑な相続関係の整理や遺産分割協議のサポートといったコンサルティング業務が増加する。
市場登記の必要性を認識した層のみが対象登記が義務化された全ての不動産相続者が対象市場規模が飛躍的に拡大する。潜在的な顧客層に対し、制度の周知と専門性のPRが不可欠となる。

高齢化社会における司法書士の社会貢献性

日本の高齢化は、司法書士の役割を一層重要にしています。認知症などで判断能力が不十分になった人の財産管理をサポートする「成年後見業務」は、今後ますます需要が高まります 。また、身寄りのない人や将来に不安を抱える人々の増加に伴い、「死後事務委任契約」の需要も高まっています 。これらの業務は、依頼者の人生に深く寄り添い、その尊厳と権利を守るという、AIでは代替不可能な領域です。司法書士は、単なる法律の専門家ではなく、社会の脆弱な部分を支える重要な役割を担っているのです。

難関資格取得がもたらす人間的成長と自信

司法書士試験は、合格には長期間にわたる真摯な努力が必要とされる難関資格です 。しかし、この厳しい挑戦は、合格という結果だけでなく、途中で諦めない「勇気・努力・根性」を身につけさせ、自己肯定感を高める貴重な経験となります 。合格者の声には「決して壊れないお守り」「人生の相棒」という表現があり 、司法書士の資格は、生涯にわたって社会に貢献できる専門家としての地位を保証するだけでなく、個人のアイデンティティを形成し、生きる上での自信と希望を与えてくれます。

また、「司法書士は生涯現役」という言葉が示すように、定年がなく、年齢を重ねても社会に貢献できる永続的なキャリアパスを提供します。司法書士の平均年齢は53.2歳であり、97歳で現役という事例も報告されています 。これは、この資格が人生のあらゆるステージで活躍できる専門職であることを証明しています。

司法書士にとって悲観的なシナリオ

「AIツール」の台頭による価格競争と需要の減少

AIの進化は、法律関連の相談や書類作成を安価に提供する「AI法律相談サービス」の登場を促しています 。これらのサービスは、24時間365日利用可能であり、膨大な法令や判例データを瞬時に解析して、ユーザーの法的問題に対する具体的な回答を提示します 。  

特に、以下のような点が司法書士の脅威となる可能性があります。

  • 低コストでのサービス提供: AI法律相談サービスは、人件費がかからないため、司法書士の報酬相場よりもはるかに低い費用でサービスを提供できます 。一般的な相続登記の司法書士報酬が約10万円前後であるのに対し 、AIはより安価な代替手段となり得ます。  
  • 定型業務の代替: 司法書士の業務の中には、不動産登記や商業登記の申請、定型的な書類作成など、AIによって自動化可能な部分が多く含まれています 。このような単純作業に依存している事務所は、AIサービスとの価格競争に巻き込まれ、収益性が大幅に低下するリスクに直面します 。

DXの遅れが引き起こす競争力の喪失

TACの上場廃止をDX推進の象徴として好意的に捉えることもできますが、士業全体でデジタル化の波に乗り遅れる事務所も少なくありません。裁判所や法務局のアナログな文化は根強く残っており、大量の紙の書類を郵送やFAXでやり取りする慣習が未だに一般的です 。このような非効率な業務プロセスは、AI技術の導入を阻害し、事務所の生産性を低下させる要因となります。  

AIを導入した先進的な事務所が業務効率を劇的に向上させる一方で、DXに遅れをとった事務所は、以下の問題を抱えることになります。

  • 生産性の格差拡大: AIを使いこなす事務所は、書類作成や情報整理を自動化し、空いた時間を高付加価値な業務に充てることが可能になります 。一方、DXの遅れた事務所は、非効率な手作業に時間を取られ、生産性の格差が拡大していきます 。  
  • 人材の流出: 時代に合った効率的な働き方を求める若手人材は、DXの進んだ事務所に集まる傾向があります 。DXに遅れれば、優秀な人材の確保がさらに難しくなり、人材不足が深刻化する可能性があります。  

AIの「ハルシネーション」と責任の所在

AIは時に、事実に基づかない誤情報(ハルシネーション)を出力することがあります 。法律分野でのハルシネーションは、依頼者に重大な損害を与えるリスクを伴います。AI法律相談サービスは、あくまで補助ツールであり、最終的な法的判断や責任は常に人間が負う必要があります 。  

これは、司法書士がAIの出力を鵜呑みにせず、常にその内容を検証しなければならないことを意味します。AIを導入すればするほど、司法書士は出力内容の正確性を保証するための時間と労力を要することになり、これがかえって業務負担を増やす結果になる可能性も否定できません。

結論:司法書士になりたい人へ

AIの台頭や市場の縮小といった激変の時代にあっても、司法書士のキャリアは決して揺らぐことはありません。この時代に求められるのは、AIを脅威として恐れるのではなく、自らの能力を拡張する強力な武器として使いこなす新しい専門家像です。定型業務をAIに任せることで、依頼者の心に寄り添い、複雑な人生の問題を解決する「高付加価値型コンサルタント」へと進化できる時代が到来しています。

相続登記義務化、成年後見業務、死後事務委任契約といった、高齢化社会に不可欠な業務において、司法書士の需要は今後ますます高まります 。この資格は、永続的なキャリアパスと社会への深い貢献を約束します。司法書士は、AIとの共生によって、より人間的で創造的な業務に集中し、真に社会に必要とされる存在として、その価値を一層高めていくでしょう。

司法書士という専門職を目指すことは、厳しい道のりであるかもしれませんが、その挑戦は生涯にわたる成長と自信、そして多くの人々の人生を支えるという深いやりがいをもたらしてくれます。この変革の時代をチャンスと捉え、自身の専門性と人間的価値を磨き続けることで、司法書士としての未来は必ず明るいものとなるでしょう。

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