司法書士は,受益額説を主張すべきだったのか?
1.疑問
和歌山訴訟から続く弁護士VS司法書士に少しだけ決着をつけた今回の判決では,司法書士側の説であるとされる受益額説は認められませんでした。しかし,そもそも,司法書士は,受益額説を主張すべきだったのでしょうか?
2.「受益額説」と「債権額説」
受益額説とは,「紛争の価額の判断については,債務者が現実に得ることができる経済的利益を基準とする説」のようです。具体的には,「紛争の目的の価額」は,民事調停の申立てにおける「調停を求める事項の価額」と同様の基準とする説のようです。(※具体的な計算方法は,いわゆる『手引』に記載はあるものの,裁判所によっては運用が異なるようなので,不明です。)
一方で,債権額説とは,「(残債務額について争いがない場合は)貸金業者が主張する額を基準とする説」のようです。(※残債務額について争いがある場合は,以下,考えないことにします。)
そして,『例えば,借金200万円が,利息制限法の引直計算によって借金100万円になった場合,受益額説では,減らせた額が100万円であるから司法書士も受任できるとし,債権額説では,借金額自体は200万円なのだから,司法書士の代理権はないと考える』というのが,受益額説・債権額説の一般的な説明となります。
3.司法書士が依頼者の利益を最大化させたとき
まず,例えば,借金1億100万円が,任意整理によって借金1億円になった場合,受益額説では,減らせた額が100万円であるから司法書士も受任できると考えるのでしょうか。また,この場合に,司法書士が,依頼者の経済的利益を増やせば増やすほど,代理権がなくなる方向になってしまいます。
また,一般的に,任意整理では,今後の将来利息のカットが行われていますが,この将来利息のカットついては,経済的な利益そのものではないでしょうか。例えば,借金130万円・利率15%を毎月1万8000円返済していく場合,そのまま返済を続けると,約174万円の利息を支払わなければなりません。一方,任意整理をすれば,将来利息のカットをしますので,無利息になります。この場合,受益額説によれば,減らせた額が約174万円であるから司法書士の代理権はないと考えるべきではないでしょうか。この場合も,司法書士が,依頼者の経済的利益を増やせば増やすほど,代理権がなくなる方向になってしまいます。
上記のとおり,受益額説では,司法書士が,依頼者の経済的利益を増やせば増やすほど,代理権がなくなる方向になってしまいますので,司法書士側が,なぜ主張をしているのかがわかりません。
4.「受益額説」から「個別訴訟物説」を説明できるか
例えば,借金100万円が,利息制限法の引直計算によって過払金100万円になった場合,受益額説によれば,減らせた額が100万円+過払金が100万円で合計200万円であるから司法書士の代理権はない(いわゆる「合算説」)と考えるべきではないでしょうか。
もっとも,日司連側は,「受益額説」かつ「個別訴訟物説」の立場を採用してきました。しかし,①借金100万円が,利息制限法の引直計算によって過払金100万円になった場合と,②借金250万円が,利息制限法の引直計算によって借金50万円になった場合とで,受益額(経済的な利益)が異なるのでしょうか。受益額説からの個別訴訟物説の説明は論理的に難しいのではないでしょうか。
5.結論
上記のとおり,受益額説は,基準をどこに置くか,計算方法をどのようにするかで,債務者が現実に得ることができる経済的利益が変わってきますし,和解内容によって,その都度,経済的利益がかなり変わりますので,140万円の基準が不明確になり,業務自体が常にグレーゾーンになってしまいます。
また,今回の判決でも述べられているとおり,「認定司法書士が業務を行う時点において,委任者や,受任者である認定司法書士との関係だけでなく,和解の交渉の相手方など第三者との関係でも,客観的かつ明確な基準によって決められるべき」ですので,業務を行えるか行えるか,業務が終了して初めてわかるような基準は認められるべきではありません。
このように受益額説は,①不明確な基準であり,司法書士の代理権の範囲が明確でなく,かつ,②司法書士が,依頼者の経済的利益を増やせば増やすほど,代理権がなくなってしまいます。
司法書士は,受益額説を主張すべきだったのでしょうか?なぜ,主張したのでしょうか?何を根拠に主張したのでしょうか?
主張した根拠が,①改正司法書士法の立案担当者の見解であり,②一部の裁判所では,債務弁済協定調停や特定調停という手続においては,この計算法で訴額を算出する,ということだけでは,全くもって根拠になっていません。
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