債務整理の道標003~クレサラの全盛期の到来

目次【クレサラと債務整理の歴史03】

実質無料の債務整理

当事務所では,実質無料の債務整理を提案しています。

 「実質無料の債務整理」とは、(1)過払金がある場合には、実際に返ってきた過払金より費用をいただき、また、(2)過払金がない場合、つまり借金が残る場合でも、借金の大幅な減額ができることが多く、その場合も、減額された額(※)の数%しか費用をいただきません。さらに、その費用に関しても分割払いも可能です。

(※)利息付きで本来支払うべきであった金額ー借金減額手続をした後に支払うべき金額

 つまり、ご依頼者様のメリットがない場合には費用はいただかない債務整理手続となります。詳細は、当事務所までお問い合わせください。

お気軽にお問い合わせください。050-5891-6050受付時間 9:30-19:30 [ 土・日・祝日も可 ]

メール・LINEでのご予約・お問い合わせはこちら お気軽にご連絡ください。

第1 クレサラと債務整理の歴史

1.債務整理の道標について

質問者

「債務整理の道標」とは、なんですか?

司法書士 中嶋剛士

詳しくは、次のページをご覧ください。

2.今回はどんな話?

質問者

今回も、「クレサラと債務整理の歴史」という話ですが、今のクレサラと債務整理の方法を知っていれば、問題ないのではないでしょうか?

司法書士

 今回は、平成2年頃から平成10年頃のクレサラと債務整理の話になります。

 ①旧貸金業法の制定後、②バブル経済が終了し、③無人契約機が大量に設置され、④テレビCMが大量に流れる、そんな時代です。「世はまさに、クレサラ時代!」と言えるほど、クレサラが好調だった時代です。 

 債務整理(「任意整理」「自己破産」「個人再生」「消滅時効」「過払金」)業務の中で、過払いになるのは、この時代からの取引の人が多いです。

第2 平成2年頃から平成10年頃

1.第二次クレサラパニック

質問者

昭和58年に旧貸金業法が制定されてからも、多重債務問題による被害は広がったのでしょうか?

司法書士

 昭和58年に旧貸金業法が制定された当時は、日本経済が空前の好景気(バブル景気)でした。したがって、その当時は、マスコミの多重債務の報道は減少し、多重債務による被害は沈静化したように思われていたようです。

 しかし、それが、平成2年頃、事実ではなかったことが、判明します。

質問者

平成2年頃というと、ちょうどバブルが終わって、不景気になった時期ですよね?

司法書士

 はい。そのとおりです。平成2年頃の「バブル経済の崩壊」と同時に「第二次クレサラパニック」はやってきました。昭和の時代にはサラ金による多重債務問題がマスコミに取り上げられていましたが、平成の時代にはサラ金に限らずクレジットカード問題が加わったことを表して「第二次クレサラパニック」と呼ばれるようになりました。

 当時はクレジットカードの使いすぎによる「カード破産」とも呼ばれていました。

2.あらゆるところに「無人契約機」が設置される

質問者

平成2年頃というと戸籍や住民票の電子化をしようとし始めた時期であり、ビジネスでパソコンが使われ始めた時代ですよね? 多重債務問題にも影響はあったのでしょうか?

司法書士

 はい。多重債務問題にも大きな影響がありました。それまでは、借金をするには、借金の申込みを有人店舗で行う必要がありました。しかし、平成5年頃には、いわゆる「無人契約機」が登場します。有人店舗に行くことなく、機械によって借入れの申込み(極度額借入契約の申込み)をし、借入れのためのカードが即日発行され、そのカードを利用して即日融資を受けることが可能になりました。

質問者

サラ金って、怖いイメージがあるので、有人店舗に行かなくてもよければ、気楽に借入れができそうですね! しかも、カードが即日発行されるなんて、ものすごく便利なように思えます。

司法書士

 はい。「無人契約機」によって①気楽で、②素早く、借り入れができるようになったので、多くの人が「無人契約機」で借金をし始めました。

 「無人契約機」は、借入れの手続きの簡素化による貸金業者の経費削減という側面もあったでしょうが、実際に貸金業者が狙っていたのはそれだけではなく、借入れに対する抵抗感をなくすことのほうが大きかったと思われます。最初の1社が導入してから、大手貸金業者に限らず中小貸金業者までも無人契約機を導入しました。その結果、日本中に「無人契約機」が大量に設置されることになりました。

 現在では、さらに、①気軽に、②素早く借入れをできるようになって、平成30年頃から、スマホ(スマートフォン)で借り入れができるようになってきました。このスマホでの借入が簡単にできるようになったことも、後に、大きな問題になると思われます。

3.サラ金のテレビCM

質問者

平成10年頃となると、サラ金のテレビCMも凄く多かったですよね? やはり、サラ金のテレビCMの影響も大きかったのでしょうか?

司法書士

 平成10年頃になるとサラ金のテレビCMが大々的に流されるようになります。今はなき武富士のCMも覚えている人はいるでしょう。これらのサラ金のCMの影響は大きく、サラ金はCMを流すことで①サラ金のイメージ払拭をし、②サラ金がテレビ番組のスポンサーとなることでテレビ業界でサラ金のイメージを悪化させる報道番組を抑えること、などに成功しました。その結果、サラ金の貸出店舗が飛躍的に増大し、「消費者金融」という言葉も、出てきました。まさに、サラ金が世の中を動かしていた時代です。

4.平成10年頃までの過払い金請求

質問者

平成10年頃は、過払い金請求ができなかったと聞きましたが、なぜですか?

司法書士

 当時もいわゆるグレーゾーン金利(出資法の上限金利と利息制限法の上限金利の間の金利)問題から過払い金返還請求ができることは知られていました。しかし、①取引履歴(貸付額と貸付年月日、返済額と返済日の履歴が記載されている取引の明細書)が債務者の手元にないことが多く、②この当時の貸金業者は、取引履歴の資料開示にも応じなかったし、それを根拠づける法律や判例もありませんでした。したがって、この当時は、利息制限法に基づく引き直し計算がほとんどの場合でできませんでした。引き直し計算ができなければ、過払い金請求の根拠がないことになりますので、過払い金請求ができなかったのです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)