第1 独立・開業は大変か

 司法書士は、比較的に独立しやすい業種ですが、昔のように「司法書士資格さえ取ってしまえば何とかなる」という資格ではなくなっています。司法書士試験はとても難しい試験です。司法書士試験の合格者は皆、何千時間も勉強をして、合格しています。実務を経験したことがない合格者の方は、これだけ苦労したのだから・・・という気持ちにもなるでしょう。しかし、資格を取得しただけで何とかなるほど現実は甘くありません。

 たしかに、司法書士試験は実務家登用試験とも言われており、実務をする上で必要となる知識は、試験の段階で身につけていることが前提となるため、試験に合格をしたということは実務に必要な最低限の知識は身についているという建前になっています。

 しかしながら、試験で試される知識と実際の実務上で必要となる知識や技能の要求が一致することはむしろ少ないと言えます。試験で試される知識は、法律家として必要最小限の基礎知識でしかありませんので、実際の実務においては、不動産登記法の中でも司法書士試験では出題されない表示登記に関する知識は不可欠ですし、その他、不動産取引に必要な関連法令の知識も不可欠です。また、金融取引関連法や信託法、農地法、建築基準法、都市計画法法等の業務に関連する法知識がなければ専門家としての信頼は得られません。最近では、簡裁訴訟代理との関係で、民事再生法や破産法、消費者契約法、割賦販売法等の勉強も必須となってきています。合格後に実務の訓練をしながら学ばなければならない法律は多々あります。

 また、法律上の知識だけではなく、裁判業務、特に訴訟手続きや成年後見業務では、実際の現場での取扱い等の実例を数多く体験し、経験を重ねることが非常に重要になってきます。

 さらに、開業する地方での実務慣習や特殊性などもあり、それらは合格後に実際に実務の経験をしながら徐々に身につけていくことになります。

 

第2 司法書士としての実務の遂行力、営業力

1.経営力の前に、司法書士としての実務の遂行力

 独立・開業に最も必要なことは、司法書士としての実務の遂行能力でしょうか。私は、独立・開業に最も必要なことは、営業力だと思います。たしかに、司法書士としての実務の遂行力は必須です。依頼者の立場からすれば経験の少ない司法書士に頼むよりは、経験豊富な司法書士に依頼したいと思うはずです。

 また、実務の遂行能力が低いと、いわゆる「事故」に遭います。司法書士の能力不足で、何千万円もの損害が発生することがあります。もし、司法書士の過失により、損害が発生した場合には、依頼者から損害賠償請求をされます。これは金銭的にも精神的にも非常に辛いことです。したがって、司法書士試験に合格し、試験勉強が終わっても、自己研鑚としての勉強はもちろん、実務経験も積まなくてはいけません。

 実務経験は、どこかの事務所に就職をして、経験や実績を積むことが大事です。司法書士試験の合格後の研修で、配属研修がありますが、数週間から数ヶ月の研修では、全く実務に精通できません。 司法書士は、常に品位を保持し、業務に関する法令及び実務に精通して、公正かつ誠実にその業務を行わなければなりません(司法書士法2条)ので、実務に精通できてないと、司法書士として失格です。

 最近、弁護士業界は、合格者を増やしすぎたため、「即独」が流行っているらしいですが、司法書士業界は「即独」を流行らせるべきではありません。実務能力は、先輩司法書士から指摘され、注意され、特には罵倒され(笑)、伸びるものです。また、司法書士の登記業務は、非常に細かい規則や先例に縛られて行われる、厳格な手続きです。厳格な手続きが求められる理由は、その扱う対象財産が不動産であったり会社であったり、何千万・何億の価値があるものだからです。

 私も司法書士として働く限り勉強を続け、実務の遂行力を高めたいと思います。

2.独立・開業には営業力が必要

 たしかに、司法書士としての実務の遂行力は必要です。しかし、それだけで、独立・開業できるでしょうか。いえ、できません。なぜならば、司法書士として仕事をするために、仕事をとってくる力、つまり「営業力」が必要だからです。取り扱い業務にかかわらず、この「営業力」が成功するか失敗するかを左右します。

 バブル時代でしたら、司法書士は引く手数多でしたので、営業力がなくても、仕事をとってくることは簡単だったでしょう。しかし、現在は、登記件数自体が減少しており司法書士業界は不景気の真っ只中です。さらに、司法書士法人化した大規模事務所やワンストップ事務所が現れてきており、司法書士の会社化・組織化が業界全体でなされ、いわゆる「登記工場」のような事務所も増えてきました。登記工場化された司法書士事務所の特徴は、①登記費用で価格競争できるだけの資金力があること、②業務が分業化・システム化されておりミスが少ない、③営業専門の社員がいること、など個人の司法書士事務所ではすることのできない業務を行っています。現在の独立・開業にあたっては、このような大規模事務所が競争相手となります。

 大規模事務所に対向する手段については、2つあります。1つは、「地方で開業すること」です。2つめは、「大規模事務所にはできないサービスを提供すること」です。

3.地方で開業する

 地方で開業する場合は、都市部ほど競争が激しくない分、仕事の量も大都市と比べれば少なくなります。全国の簡裁数438のうち、司法書士が存在する簡裁数は433で、カバー率約98.9%、また、簡裁代理権を持つ認定司法書士が存在する簡裁数は428と、カバー率は約97.7%となっています(日司連HPより平成24年1月現在)。

 司法書士は、地域の市民が頼れる身近な「くらしの法律家」として活躍の場を広げ、司法アクセス充実の一翼を担っています。法律の「掛かり付け医」のように地域への密着を目指しています。日司連では、司法書士が0名または1名程度しか存在しない市町村、司法へのアクセスが困難な地域において、司法サービスの提供に積極的に取り組む司法書士及び司法書士法人を支援しています。具体的には、司法過疎対策の一環である「司法過疎地開業支援事業」により、地域司法拡充基金が2007(平成19)年7月に設置され、一定の要件の下、当該地域において期間内に開業または開業予定の司法書士等に対し、開業貸付金及び定着貸付金を貸与するなどの財政的な支援を行い、2012(平成24)年5月現在、48名の司法書士と4つの司法書士法人を支援しています(日司連HPより)。

 競争の激しい既存市場を「レッド・オーシャン(赤い海、血で血を洗う競争の激しい領域)」とし、競争のない未開拓市場である「ブルー・オーシャン(青い海、競合相手のいない領域)」を切り開くべきだと説くブルーオーシャン戦略の一種といえるのかもしれません。

4.大規模事務所にはできないサービスを提供する

 都心部で開業する場合、メリットとしては住人や会社が多くあり、仕事の絶対量が多数あることがあげられます。交通の利便性も高いので、周辺地域
からも取り込めること、および、上場企業等は大都市に集中して会社法人数が多いので、企業向けの業務が豊富にありますし、大規模な不動産開発事業に参加する機会も多くあります。但し、人口だけで見ると、東京の千代田区・中央区・港区・新宿区などの都心では、司法書士1人当たりの人口は1,000人を下回っています。また、業務量に比例して、司法書士数が非常に多いため、競争も極めて激しいと言えます。業務特性に合わせて、扱う業務分野の利用者にとって利便性の高い場所で開業すべきか、自分が先方へ出向いて対応するので多少不便な場所で開業しても良いか。幅広く何でも対応する事務所が良いのか、特定分野に強みを持ち専門特化したほうが良いのか、競争が激しい地域であり、生き残りのためにさまざまな工夫が必要です。特定分野に高い専門性・強みを持つことによって成功している事務所も多くあります。都心部で開業する場合、新規参入には、十分な開業準備と、数年間事務所を維持するための経費確保等の覚悟が必要です。

 弱者が強者に勝つためには、他の事務所と違うことをやる「差別化」、とにかく徹底する「一点集中化」、その地域、顧客、商品・サービスで1位になる「No.1化」が大事であると説くランチェスター戦略を実践しなければなりません。

 

第3 利益を出せると確信してから独立・開業を考える

「司法書士として開業したいが、新規顧客を開拓できるか不安・・・」
「執務自体には自信があるが、独立後の営業に不安がある・・・」

 司法書士として独立したい、あるいは開業して間もないの方にとって一番の関心事は、「どうやって新規顧客を開拓するか」ではないでしょうか。しかし、多くの司法書士が、この新規開拓に苦労します。広い人脈をお持ちの方はともかく、独立・開業間もない司法書士は、紹介もあてにできず、なかなかお客さんが増えません。

 新規顧客の営業方法といえば、ダイレクトメールやFAX、チラシ、飛び込み営業が一般的です。しかし近年ではインターネットを使って自分から積極的に情報収集する人が増え、受動的な情報であるダイレクトメールやチラシの効果が落ちています。また、インターネットで情報収集する人のために「とりあえずホームページを開設してみるか」という感覚でホームページやブログを作っても、なかなか新規顧客には繋がりません。試しにHP作成業者に依頼してHPを作ってみたものの、問合せどころかアクセスもほとんど無く、お金の支払い損になっている方も多いでしょう。

 現在、都市部では、小さな司法書士事務所は、沙汰される運命にあります。その中で、どうやって生き残れる事務所を作り上げるのか、難しい問題ですが、自分の中で、利益が出せると確信してから独立・開業を考えましょう。