目次【(裁判書類)請求の原因】

第1 請求の原因とは

 訴状には,請求の趣旨及び請求の原因(請求を特定するのに必要な事実をいう。)を記載するほか,請求を理由づける事実を具体的に記載し,かつ,立証を要する事由ごとに,当該事実に関連する事実で重要なもの及び証拠を記載しなければならない。」(民訴規則53条1項)として,請求を理由づける事実の記載を積極的に要求している。請求を理由づける事実として記載すべき事実とは,訴訟物である権利の発生要件たる要件事実(請求原因事実)である。

第2 要件事実の記載方法

 具体的にどのような事実をどのように記載したらよいだろうか。基本的には,現実に発生した社会的事実のうち要件事実に該当する具体的事実を次のような要領で記載する。

01.冒頭規定説(と非典型契約)

 ある典型契約に基づいて請求をする場合,請求原因として何を主張・立証しなければならないかについては,実務では冒頭規定説がとられている。すなわち,典型契約の場合,民法第3編第2章の「契約」の第2節ないし第14節の冒頭にある規定は,各契約の成立要件を定めたものであり,その要件に該当する具体的な事実を主張・立証しなければならないという見解である。たとえば,贈与契約に基づく請求であれば民法549条,売買契約に基づく請求であれば民法555条,消費貸借契約に基づく請求であれば民法587条,使用貸借契約に基づく請求であれば民法593条に定める要件を主張・立証しなければならない。冒頭規定説は,各契約の冒頭の規定が各契約が成立するための本質的な要素を定めていると理解するものである。

 一方,非典型契約は,法文上その要件事実が明示されているわけではないから,判例や理論によって明らかにされた権利発生の要件に従って,約定した権利義務の具体的内容その他どのような法律効果の発生を合意したかを具体的に記載しなければならない。

02.正確で厳格な表現をする

 例えば,請負契約に基づき目的物の引渡しを求める場合は,契約当事者を特定し,かつ,請負の要素である仕事の内容と代金額を特定した請負契約締結の意思表示を記載する必要があり,通常は「被告は原告に,平成○○年○月○日,別紙物件目録記載の建物の建築を完成させることを約し,原告は被告にその完成に対して○○万円の報酬を支払うことを約し,請負契約を締結した。」というように民法632条の要件事実を記載する。なお,ここまで厳格な表現をせず「原告は被告と,平成○○年○月○日,別紙物件目録記載の建物を代金○○万円で建築することを被告に請け負わせる請負契約を締結した。」というように,法的要素がその表現に含まれていると認識できると考えられる場合には,日常生活用語例に従った簡易な表現を用いることもあるが,一般的には複雑な契約内容が少なくないから正確を期するためできるだけ厳格な表現を心掛けるべきである。

03.要物契約

 要物契約を主張する場合は,要物性の充足の主張を忘れてはならない。ただ,実務上,金銭消費貸借契約では,「原告は,被告に対し,平成○○年○月○日,○○円を以下の約定で貸し付けた。」と記載すれば,金員交付の事実をも主張したものとされている。

04.契約の解除と事実の特定方法

 契約解除の意思表示のような場合には「原告は被告に,平成○○年○月○日内容証明郵便で本件契約を解除する旨の意思表示を発し,同意思表示は同月○日被告に到達した。」とか「原告は被告に,平成○○年○月○日口頭で本件契約を解除する意思表示をした。」というように具体的行為を記載するのがよい。これは,通知が口頭か書面かは意思表示の方法にしかすぎないが,単に「通知した。」という要件事実だけでは歴史的に存在したどの事実を指すのか特定が困難なことが多いからである。

 また,社会的事実の中から当該要件事実を特定するのに,どの程度の特定で足りるかは相対的である。歴史的に一つしかない事実であれば特段の特定を要しないが,通常は同種行為が他にも存在するのが普通であるから,行為の日を記載して特定する(時的因子を参照)。

05.規範的要件

 背信性,正当理由,正当事由,権利濫用,公序良俗違反,過失など規範的評価の成立が法律効果発生の要件となっている場合には,その規範的評価の成立を根拠づける具体的事実が要件事実と解するのが相当であるから,その評価の根拠となり得るあらゆる事実を記載し,併せて経験則,価値評価等も記載する。例えば,過失については,個々の事件で成立する注意義務の内容を記載し,かつ,その義務に違反したことを記載する。具体的には「通常人であれば,これこれの結果の発生又はその可能性を予見し得,そして,このように行為して結果発生を回避し得たのに,被告はこれを怠った。」と通常人を基準にした予見可能性,結果回避義務の内容を記載する。

 評価根拠事実(評価障害事実)を摘示する際の注意点としては,①評価根拠事実と評価障害事実は両立すること,②規範的評価の基礎となる時点の事実であること(時的要素),③評価ではなく事実を摘示すること、という3点に留意する必要がある。

06.黙字の意思表示

 黙字の意思表示は,直接的に意思を表現する行為ではなく,別の行為に意思表示としての表示価値を認めるものであるから,これを主張するには,意思表示として表示価値のある具体的事実を主張しなければならない。例えば,黙示による使用貸借契約の成立を主張する場合には,「原告は,平成○○年○月○日ころから被告所有の本件土地を使用しているが,被告はそのころからこれを知りながら,その後一度も明渡しや使用の対価を請求したことはなく,遅くとも平成○○年○月○日には原被告問に黙示の合意によって使用貸借が成立した。」というように黙示の意思表示に該当する個々の具体的事実を主張し,併せて,その事実によって法律的にどのような内容の合意が成立したかを記載する。

 なお,「黙示の意思表示」と「規範的要件」は,具体的事実の総合判断という点では共通する。実際その思考過程はほぼ同様といってよいが,理論的に考えると,「規範的要件」は,具体的事実から一定の法的価値判断を経て評価概念が設定されるものであり,まさに「法的評価」を本質とするのに対し,「黙示の意思表示」は、表示行為の意味を明らかにする「解釈」の問題という点で異なっている。

07.法律要件が抽象的な場合

 法律要件が抽象的に表現されているときは,その要件事実を具体的に記載する。例えば,「要素の錯誤」では「実際にはこうであるのに,このように誤信した。」というように錯誤の内容を具体的に記載し,かつ,それが意思表示の要素に関するものであることを明記しなければならない。また,「詐欺による意思表示」では,だれのどのような欺岡行為によって,何をどのように誤信して意思表示をしたかを具体的に記載する。さらに,法律要件が「暇疵があるとき」などと法律用語を使用しているときは,その法律用語で表現されている社会的意味,例えば,「暇疵」であれば,あるべき仕様とか性能,品質はどのようなもので,現品はどのように不備であるかの具体的事実を記載する。

08.法律解釈による要件事実

 法律解釈によって法律要件や要件事実が異なってくることもあるから,準拠する判例や学説がどのような要件を前提として法律効果を与えようとしているのかを分析し,法条の文理にのみとらわれず,その判例や学説が要件としている要件事実を全部記載しなければならない。例えば,不動産賃貸借契約の無催告解除特約に基づく賃料不払による債務不履行解除には背信性を必要とするのが判例の立場であるから,債務不履行に基づく(無催告)解除の要件のほかに,背信性を基礎づける評価根拠事実も記載しなければならないことになる。