目次【(要件事実)二段の推定と推定の覆し方】
1.二段の推定
(1)文書の成立の真正
文書の成立の真正に争いがある場合、書証の申出をした者は、文書の成立の真正を証明しなければならない(民訴228Ⅰ)。文書が真正に成立したといえるためには、当該文書が作成者として主張される特定人の意思に基づいて作成されたものであることが必要である。もっとも、文書の成立の真正は、立証することが難しいので、その立証負担を軽減するため、下記の(2)(3)の特別の推定規定が設けられている。
(2)公文書
公文書は、その方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認めるべきときは、真正に成立したものと推定され(民訴228Ⅱ)、成立の真否について疑いがあるときは、裁判所は、職権で、当該官庁等に照会をすることができる(民訴228Ⅲ)。これにより、公文書に関しては、挙証者は、公文書の成立の真正を立証することが容易なので、文書の成立の真正が争われることがなくなる。
(3)私文書
私文書は、本人または代理人の署名または押印があれば、文書全体が真正に成立したものと推定される(民訴228Ⅳ)。もっとも、私文書の場合の署名または押印は、いずれも行為者の意思に基づく行為によらなければならず、単に本人または代理人の名が記載され、それらの者の所有または所持する印章と同一の印影が存在するだけでは足りない。しかし、「行為者の意思に基づく行為」の立証もまた困難である。そこで、判例は,文書中の印影が本人または代理人の印章により顕出された事実が確定した場合、反証のないかぎり、当該印影は本人または代理人の意思に基づいて押印されたものと推定し(最判昭39.5.12)、挙証者の立証負担を軽減している。
二段の推定
- 【一段目】押印が本人の所有印鑑であることを立証
- 「私文書の作成名義人の印影が当該名義人の印章によって顕出された事実が確定された場合には、反証がない限り、当該印影は本人の意思に基づいて押印されたものと事実上推定できる」(最判昭39.5.12)
- 【二段目】本人又は代理人の意思に基づく押印であることの立証
- 私文書の成立については、挙証者が作成者の「意思に基づく」作成を立証することが困難であるため、本人または代理人が署名または押印したことをもって文書全体が本人の意思に基づいて作成されたものと推定する(民訴228Ⅳ)。
- 【結果】文書の成立は真正である。
- 本人または代理人が署名あるいは押印したことを認めている場合や、証拠上その事実が認められる場合には、民訴法228条4項により、成立の真正が推定される。したがって、文書の成立の真正を争う場合には、署名または押印をしたとされる者が積極的に反証する必要がある(事実上の推定なので、真偽不明の状態にすれば足りる)。
2.二段の推定の覆し方
私文書について、挙証者が、押印が本人の所有印鑑であることを立証した場合には、二段の推定が及ぶことになるが、この推定を覆すことができる事情とは、どのような事情がある場合であろうか。
(1)1段目の推定(事実上の推定)が覆る場合
1段目の推定は、印鑑は慎重に管理されており、第三者が容易に押印することはできないという経験則を根拠としている。したがって、具体的な事案において、この経験則が破られた場合には、事実上の推定は覆るということになる。具体的には、①印鑑を他の者と共用している場合、②印鑑の紛失、盗難、盗用があった場合、③別の目的で預けた印鑑が悪用された場合、④本人による印鑑の押印が考えにくい場合などがある。
(2)2段目の推定(民訴228条4項)が覆る場合
2段目の推定(民訴228条4項)が覆る場合としては、①白紙に署名(または押印)したものを他人が悪用して文書を完成させた場合、②文書作成後に変造がされている場合、③他の書類と思い込ませて署名(または押印)させた場合などがある。これらの場合には、文書作成者としては、その文書を作成する意思はないから、その可能性が相当程度あることを立証すれば、民訴法228条4項の推定を覆すことができる。
また、署名により成立の真正が推定されたが、押印がないことで、その推定が覆滅された事例(大阪高裁判決平成30年3月8日判例時報2378号10頁)もある。